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コラムcolumn

宇賀千咲のダンス!ダンス!ダンス! / CHISAKI UGA(宇賀千咲)
第7回「仲間たちと苦楽を共に」

さて今回はいよいよジャンティが法人になった時のお話をします。24歳くらいの時に、大阪の福島で2LDKマンションを借りて、個人事業としてスタートしたことは前回お話ししました。それから数年後に、有限会社を作りました。福島の事務所ビルで2フロアを借りて、2階をアトリエ、3階をショップとしてオープンしました。ちょうどJR神戸線から見えるビルで、広告のために、ポスターを張ったりしていました。移ってすぐは、お金もないので、自分でインテリアを工夫していました。トイレにペンキを塗ったり、カーテンを買ってきたり・・・。それで少しお金ができたら、床を張り替え、壁を塗り替え、カーテンを新しいものに変えたり・・、でも今考えるとよくやっていたと思います。ショップのフィッティングルームは壁に支え棒をして、そこに布をかけただけのもので、時々お客様が着替えている時に落ちてきて大騒ぎになっていました。

まあその頃はよく働きました。朝早くから、夜中まで、若かったですから(今でも若いですが)、3時4時まで仕事をして、それから朝まで飲みに行っていました。近所の馴染みの居酒屋からよく差し入れを頂いていました。なぜこんなに仕事をするのかとこの原稿を書きながら考えたのですが、小さいころからそうだったことを思い出しました。小学校の時、朝から学校へ行き、いろいろ習い事をして、遊んでとスケジュールを一杯にしていないと落ち着かなかったのです。バイタリティー、向上心の塊みたいな感じですね。実は、祖父が大きな会社の創業者で、その血を受け継いでいるのでしょうか?隔世遺伝なのだと思います。

そんな猛烈に忙しい時期に、新しい仲間が増えていきました。今は取締役になってもらっている岡本さん、東部さん、アトリエの富田さん、井上さん、それと一番若い丸山さん。あまり忙しくて、入っても続かない人が多い中、今の中心メンバーになっているこの5人は一緒に泣いたり笑ったりしながらついてきてくれました。苦楽を共にしてきた本当の仲間です。この場を借りて感謝します。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

次回は、現在の天満橋に移って株式会社になった時のお話をします。